第弐齋藤 土踏まず日記 : 鈴木志保『END&』

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2006/11/07 (火)

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END&(エンドアンド)

やがて咲くロータス

君自身のフローラ

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世界中のすべての楽器を
ブローニングに。

戦闘をつづけろ

我々は
日々を闘うべきだろう

足を上げて歩くべきだろう

世界中のすべての兵器を
ベーゼンドルファーに。

パレードをつづけろ

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 もし漫画でしかできない表現というものがあるとするならば、鈴木志保の漫画がそうじゃないかしら。
 そういう漫画だと思います。

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 鈴木志保、自選単行本未収録作品集。

 収録された「ロータス1-2-3」「たんぽぽ1-2-3」「たんぽぽ1-2-3 主よ人の望みの喜びよ」の3篇が素晴らしすぎる。

 ざっくりと、白と黒の描線で切り取られる時間と空間。

 ちいちゃきもの。 こねこ(こにゃこ?)の日々日常。 日々日常の戦い。 それは、ご飯を食べたり。 ちゃんとお風呂に入ったり。 すくすくと大きくなることだったりする。 それを(そんなことを?)「戦闘」と呼ぶことの、意味。

 歴史。 争いと悲惨と虐殺の。 けして、直接に語られはしないけれど、仄めかされる、世の不幸。
 幸ならざる、ことがらども。

 いまは無い。 ここには無い。 だが、かつてあった。
 ここではないどこかで、いまもある。 あるだろう、という確信。

そしてこれが100年前の話

 それも、時間と空間の彼方にすっ飛ばして。(でも、それは確かにあった。 いまもある。 これからも、あるだろう、という確信は、じっと残したまま)

 そして『夏への扉』。
 いつか夏へと、続く扉があるはずなんだ。 っていう物語。

 次のドアをあけよ。 パレードは続くべきなんだ。

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 『船を建てる』以来、鈴木志保さんにはいろいろと言葉をもらっているな、と思う。
 「パレードは続くべきなんだ」とか、今でも言ってる。 ほんとに。

 なんでそんなことになるのかといえば、おそらく。
 漫画でしかできない表現を、漫画でしか表しえないリズムでもってぶつけられているからだ、
 と俺は感じている。

 なんつーか、もう、魔術な。 ほとんど。

 これと「同じ感じ」を高野文子の『おともだち』で感じたことがある。
 漫画でしかできない表現を、漫画でしか表しえないリズムでもってぶつけられている。 あの印象。
 ただの線と面とが、それ以上の意味をもって「立ち上がってくる」ような、あの印象。

 稀有。
 であると思います。

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 90年代初めのころの作品は、ひどく懐かしい感じがした。
 懐かしいというか、こういうのがひとつの「モード」だったんだよな。 っつう。
 あーこういうの見たことあったわ。 やたら。 一時期。 あのへんで。 っつう。
 かつて、こういうものがこういうものとしてあった。 っつう。 気安い、懐かしさ。

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 素晴らしい。
 何度でも読める。

 読もう。

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鈴木 志保 | 発行:2006/10/19 | 価格:\ 1,260 (税込) | ISBN/ASIN:4872902793

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