西島大介 『世界の終わりの魔法使い』 (河出書房新社,¥1260) [bk1][amazon]

……。
あれ?
地図がついていた。
こういう「物語の始めに提示される、語られない物語を秘めた地図」を目にしてなかったのですごく嬉しかった。
空を飛んでいた。
その世界では魔王だかなんだかを閉じ込めた影響で人はいつのまにか魔法で空を飛べるようになってるらしく、でも主人公の男の子は魔法が嫌いで魔法じゃなくて科学の力で(つまりは自分の力で? でも男の子が苦労することは描かれてもカガクっぽく創意工夫する様は描かれないんだよな。 結果的には魔法と変わってない気がする。 そこにある差は、自分の力で飛ぼうとする意志の有無だけだ。 力そのもの、にはなんも価値はないように描かれてる。 大事なのは力の有無じゃなくて、意志の有無、ってことなのか。 ま、いいや、なんだっけ。)
主人公の男の子は魔法が嫌いで魔法じゃなくて科学の力で飛ぼうとしてて、飛ぶ。 ビュンビュン飛ぶ。 やたら気持ち良い感じの煙を吐きつつ。 結果、西島大介の描くひどく気持ちの良い爆発と煙の描線が溢れることになる、それはそれですごく気持ちが好く。 うわ! 気持ち良! とは思った。
けど。
あれ?
読み終わっちゃった。
なんにも引っかかるものが無かった。
何かの間違いだ重要なものを読み落としたんだ、と思ってもう1回2回読み返したけど、やっぱり何もひっかからなかった。
いやいや、細いことならチョコチョコ言うことはある。
なんで「カレルレン」に捧げられてるの? (アーサー・C・クラーク『幼年期の終わり』のカレルレンです。 これは、なんとなくわかる気がする。 ギリギリのところで、「向うに行かない(行けない)」からだ。)
重要そうに聞こえる台詞を吐く老人が、いちいち「んーと」って考えながら喋ってる。 なんでだ? (好印象。 この爺ホラこいてねぇ?)
見開きが気持ち良い。 とにかく。
でも主人公の男の子が見開きで無力を晒すところはぜんぜんわかんない。 なんでだろう? なんでここ見開き?
世界の終わりに暴れるモンスターが量産型エヴァっぽい。 (わりとどうでもいい)
そうか〜ベロチューか〜。 なるほどな〜。
とか。
でも、結局のトコなんなの?
といわれると、黙っちゃう、ような気がする。
小さいフックはたくさんついてるけど、大きいフックはない(っていうか俺には見えなかった。)
なんかもう意地悪なくらいに? (せめて意地悪として、見えなくしている、だけであってほしい、という思いはある。 その実、無い、というのでは寂しい。)
あっはっはバッカだなぁそんなのも見えねえのか〜?
って具合に誰か解説して読み解いて意味を教えてくれねえかしら。 このマンガ、結局のトコなんだったの? これってどういうこと?
って思った。 いや、ホントに。
それって、魔法みたいなもの?
「魔法なんて無神経で嫌い」だし、
「魔法は万能じゃない」
から、おそらくこういう願いには何にも意味はないんでしょう、たぶん。
「世界が君に気づいてくれるといいね」
面と向って云われてる本人だけがキョトンとしてて、周りは大爆笑。
ってのが最高の悪口。
ってだけかもしれないけど。
わかんねー。