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愛してんぜ、嘘吐きども。
それはそうとして感想書きたいな。
ほおっておくと言葉は溜まる。 溜まって、腐る。
だもんで、腐る前に煮て練って醸造して吐き出さないとな。
もらってばっかりじゃダメになるだろう、とはずっと思っていたいことだ。
なんか書きたい、書くかリスト。
『苺ましまろ』3巻、『大きくふりかぶって』、『サイバーポルノ』、『バルバラ異界』、『凹村戦争』
『苺ましまろ』を読むときの違和感を3巻目にしてようやく言葉にできた。
抑制が効いている。
基本的に「女の子愛でマンガ」で、ちいさい女の子がかわいければオールオッケーカモンレッツゴーなマンガなわけだけど、読むたびにヘンな違和感、「?」を感じててそれはなぜなんだろう、と思ってたけど、それは「抑制が効いている」ということだったみたいだ。
で「抑制が効いている」とはどういうことか。
コマ割が過剰にきっちりなされている。
逸脱が無い。 激しい感情の起伏をうながすものが何も無い。
大ゴマやブチ抜き、それらがほとんど無い。 派手な描き文字もほとんどない。
「見開き」という概念もない、たぶん1ページずらしてもなんの問題もなく読めるはず。
間を持たせた一定のコマ割で、淡々とした調子で、延々と進む。
絵も、「線」よりは「色調」や「光」を意識させる。 よく「白いマンガ」「黒いマンガ」などといわれるけれども、そのどちらにも属さない「灰色のマンガ」を指向しているように感じる。
で、それらが渾然一体となってたいへんスロービートで穏やかな印象を形作っている。 それが「見ていること」、視線の主体を曖昧にしたままで、空気のように女の子愛でることを可能にしている。 エロマンガで男の体が透けるように、ここでは読者の視線が透けている。
たぶん、これまでストーリーマンガが築き上げてきたマンガ文法ではなくて、むしろ4コママンガの文法に従っているんだと思う。 4コママンガ+「間」の1コマ、の5コママンガで構成されていて、それをバラして並べている、といった感じ。 ひどくまったいらなマンガだな、という印象はここから来る。
たぶん、「?」を感じる原因はそんなとこじゃないかなぁ。
と3巻目にしてようやく言葉にできたですよ。
西島大介『凹村戦争』はマンガなのだけど、ハヤカワSFシリーズJコレクションででている。
ちゃんとマンガ読みの人に届くといいな、とちょっと思う。
いや、面白いよ。
読んだら真夜中だったんだけど散歩に出たくなった。
そういうマンガだ。
妙なことを云うようだけど、西島大介が描く「爆発」は無条件に好きだよ、俺。
爽快感がある、とてもいい爆発だと思う。

西島大介『凹村戦争』(早川書房,¥1365)[bk1][amazon]

西島大介の単行本『凹村戦争』を読んだですよ。
「おうそんせんそう」ね。
「凹村」っちゅう、携帯電話の電波はおろかTVやラジオの電波も届かない僻地の村の上空を、いつのまにやら流星だか謎の飛行物体だかが横切っていくようになる。 さてはなにかの先触れか、世界の危機か。
でも凹村は僻地なのでそんな先触れだの、その先に予測される世界の危機とはほぼなんの関係もなく、村の中学生たちは(ほかになにもすることがないから)青春やったりする。 とか、そういうお話。
西島大介っちゅうと、まずイラストレータ、という認識があって、マンガ描くのはどうなんだろうね? という疑問はあったんだけど、いや、杞憂杞憂。 ぜんぜん面白かった。 スタンダードだけど、今日日の世相どうりに複雑な、最新ヴァージョンの青春物語に見えた。(「見えた」だけであって、じじつ、「である」とはちょっと思えない。 そのフリをして、まったく違ったものを描き出そうとしているのかもしれないよ?)
で、あれだよ。
複雑だよね。
と思ったことだよ。
いやね。 マンガそのものとしては、いたってスタンダードだと思うんだ。 それはOK、ふつうに楽しめる。 作中、たくさん映画からの引用がなされるんだけど、見たくなったよ、映画。 『遊星からの物体X』『エスケープフロムLA』『プリズナーNo6』とかさ。
でもね。 「マンガそのもの」なんて俺は言うけど。 そんな無邪気な(わざと嫌ないいかたをすれば「特権的な」)見方なんて、もう俺たちにできると思う? とか、皮相的なことも云いたくなるじゃないさ?
ぶっちゃけこのマンガ、一言で言おうと思えば言えるじゃないですか。 「セカイ系」だの「サブカル」だの「新しいSF」だのさ。 誰かの言いたいような云い方で。 でも、それって、言われるほうにしてみれば余計なお世話、ちうか、どうでもいいじゃんよ? 基本的に。 や、「云い方なんでどうでもいい」という認識もすでに言うほうに共有されてるんだ。 そんなのみんな知ってるさ。 ただ、それを言うと「通りがいい」んだな。 なにか捕まえた気になれる。 安心する。 だから、言葉としてただ流通する。
その「もののラベリングがただ流通するさま」というのは、状況としてひじょうにうざったくて、うざったいことを承知の上で、あえてラベリングされやすいものを描く、というのは、なんというか、周到で、その在り方、周到さが、「うむ、複雑であるなぁ」と思ったことだ。
あと、先行する/周辺の、諸作品、というか、サンプリングのネタとやり方も込み入っていた。 込み入ったように読んでいるだけかもしれないけどな。 読んでいる間ずっ〜っと、「岡崎京子のマンガみたい」って思ってたよ。 もっと言うと『リバーズエッジ』を読み返している気分になった。
背景/風景の描き方、トーンを使った陰影の付け方、オブジェクト(マンガに登場するすべてのヒト、モノたち)に対するテケトーでキッチュな描線とか、岡崎京子を連想させる絵の近似もあるんだけど、それだけじゃなくて、黒地に白抜きでキめられる詩とか、あとがきとか、ページを開いてみたときの「白」と「黒」の割合とか。 目が感じる印象がまったく一緒で、これが意識的でないわけがない。 これがあれか? サンプリングか?
あとウエダハジメ(『フリクリ』『Qコちゃん』)も連想した。
戦争に対する態度とか、醒め方、とかな。 (西島大介のおうが「温度が高い」とは感じたけど)
うん、複雑であるなぁ、と感じた。
今日日、ラフを演るにはもっとも繊細でなきゃならない。
みたいな、ウィリアム・ギブスンの小説の一節を思い出したよ。
そしてそう、たぶん。
「これって○○だよね」という見方は。
用意されたもっとも単純なトラップに引っかかっているだけだ。
とも思うよ。
ここに描かれているのは、なんなんだろうなぁ。
ここにはなにが「ない」んだろうなぁ。
ただいまー。
ああ、別にどっか行ってたわけじゃないけど、なんか「ただいまー」っていう感じだからただいまだ。
ただいまー。
春だし。
変わる変わるし、
変わらんもんは変わらんよな。
とか、そんな話ですよ。
桜咲いてるの、まだ見てないや。
明日あたりから、再開しますよ。
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分類するだけではダメですか。遠いなあ……
主人公くんが「ちがうなー」とか「もっと なんか こう」とか云うのはなんでだと思う?
とか、そんな話っすわ。
トラックバックさせていただいてもよろしいでしょうか?
勘違いしてました、すみません。
凹村戦争について書いてみたので、よろしければご覧下さい。