
自分がひとりであることを識る人へ。
ひとりで立って生きることを識る人へ。
その日、僕は彼女に拾われた。
だから、僕は、彼女のぬいぐるみだ。
なんて言ってみたくなっちゃうんですが。
UFOキャッチャーで拾われたぬいぐるみのドミノの一人称を交えて語られる、ナルミさんの日々。
ドミノはナルミさんがまだ彼氏とつきあっていたときにUFOキャッチャーでとったぬいぐるみ。
以来ずっとナルミさんと一緒。ぬいぐるみなので動いたり喋ったりはできませんが、ナルミさんの傍で常に無償の愛を捧げつづける、なかなか出来たぬいぐるみであります。
ナルミさんは一人暮らし。写真の仕事をしてる小さな会社に勤めています。ちょっと前まではつきあっていた男性がいましたが、今はひとりです。おばあさんではありませんが、それほど若くはないと思って笑うこともある。そんな年頃です。とりわけ不幸ということはありませんが、ただ、もしかすると自分は「寂しい」と呼ばれる状況にいるのかもしれない。そんなことをふと思ってしまう。そんなナルミさんです。
そんな二人の。日々を描いた漫画であります。
ドミノの独り言(決して聞こえない、ナルミさんへの語りかけ)を枕に繰り広げられるナルミさんの日常は、じつに穏やかで微笑ましいものです。彼女はおっとりとした「女の子」的な部分を擦れもさせずにそのまま大人になったような人で、その人柄が垣間見える暮らしふりは、とても好ましく思えます。うらやましい。とも言えるかも知れません。
ナルミさんは、自由です。ナルミさんは、ひとりで立って生きることを識る人です。それは、ある意味、強い、といっていいのかもしれません。
ですが。彼女はまた識る人でもあります。
自分が、人が、独りで在ることを。彼女は、識っています。
自分が、もしかすると、人が「寂しい」と呼ぶ状況にいることを、彼女は知っています。
そして、人と交わることで紛らわすことが出来るであろうことも。彼女は知っています。
だから、彼女はついドミノにこんな意地悪をしてしまいます。
ねえドミノ なんか言ってよ
ここに描かれてあるのは、おそらくはドミノ意外が目にすることはなかったであろう、人の孤独です。そもそも、人が見るべきではない。人の寂しさです。それは絶対にその人だけのものであるべきな。人が独りで生きるときに感じる寂しさ。それが、ここでは描かれています。
それは、他人宛の手紙を盗み見てしまったようで。
私は少し戸惑います。それを目撃してしまったことに。それが描かれてしまっている筆致に。私は戸惑います。
これは、「寂しいお話」ではあるんでしょう。
もしかすると「痛々しい話」でも、あるのかもしれません。
ですが、それはまったく、悪いことではない。それはまったく、悪いことなどではない。そう思います。
人が、独りで生きることの、寂しさを。
立ち上がって、歩いていく少しの勇気を描いた、善い漫画であるなぁ。
と、そのように思いました。
それでなぜ中トロなんですか?
いや、それは俺にもさっぱり。