第弐齋藤 本とマンガの感想日記。

新清士「ゲーム開発最前線『侍』はこうして作られた アクワイア制作2課の660日戦争」

02.03.2010 · Posted in ゲーム, , 本の感想 このエントリをはてなブックマークに追加このエントリをdel.icio.usに追加このエントリをLivedoor Clipに追加このエントリをYahoo!ブックマークに追加このエントリをFC2ブックマークに追加このエントリをNifty Clipに追加このエントリをPOOKMARK. Airlinesに追加このエントリをBuzzurl(バザール)に追加このエントリをChoixに追加このエントリをnewsingに追加

新清士「ゲーム開発最前線『侍』はこうして作られた アクワイア制作2課の660日戦争」 [Amazon]

ゲーム開発最前線『侍』はこうして作られた―アクワイア制作2課の660日戦争

米光一成さんの米光ラジオ「大東京トイボックス」のうめさんがゲスト参加した日)で知り速攻Amazonでポチった(残念ながら現在絶版らしい)

2002年にスパイクより発売されたPS2のゲーム『侍』の開発現場に密着取材したドキュメント。ここまで長期間ゲーム開発の現場に取材し、かつ赤裸々に語った書籍は他に無いんじゃなかろうか? たいへん面白く読んだ。

肝はこの『侍』のプロジェクト・マネジメントが成功ではなかったと認識されていること。(あくまでソフトウェア開発におけるプロジェクト・マネジメントでの不成功。ソフトウェア自体は20万本強を売り上げ、人気シリーズとなり、最近もPS3で『侍道3』の廉価版が発売されている。ただしマイクロソフトの「Word」ですらプロジェクトとしては失敗、プロダクツとしてはそこそこ成功、とみなされていたらしいので、そもそもソフトウェア開発のプロジェクト・マネジメントの成功/失敗とはなんなのか、という話ではあるけれど。(→参考「コンピュータは、むずかしすぎて使えない!」)

コンピュータは、むずかしすぎて使えない!

プロジェクト・マネジメントの失敗。ゲームの方向性は定まらず、ディレクターもまた迷走し、仕様は朝改昼変され、徹夜は常態化し、作業は手戻りを繰り返し、その上で棄てられ、関係者間での情報共有はできておらず、利害調整もまた然り。失踪する者、身体を壊す者、精神を壊す者、家庭を壊す者。ゲームは完成にはほど遠く、発売はおろか操作さえまともにできないゲームの仕上がり。延期される発売日、それでも足らない時間、減っていく資金、傾きはじめる会社経営のビジョン。顕在する不幸、汝の名はデスマーチ。その具体が描かれる。オラ、わくわくしてきたぞ?!(身に覚えがありすぎて)

デスマーチ 第2版 ソフトウエア開発プロジェクトはなぜ混乱するのか

ソフトウェアとは人類が作り出したものの中でも最も複雑なもののひとつで、その複雑さはほとんど怪物に等しい。その怪物を屠るすべを、人類はまだ見いだしてはいない。あるいは、本質的に、それは「無い」のだ、とも言われている。

人月の神話―狼人間を撃つ銀の弾はない (Professional computing series (別巻3))

しかもコンピュータ・ゲームの目的とはにんげんのたのしみ。もっとも困難な目的だ。

複雑さと困難さ、その二つに立ち向かいつつも打ちひしがれる人間の姿が描かれてあって、涙を禁じ得ない。……本当に禁じ得ない。ヘタしたら死ぬからね?

中西は懸命に、煮詰まっても、自分の心が空になっても、仕様書と資料を作った。それ以外に、求められていることに対して答える術を持たなかった。

「自分の心が空になっても」!

畑中は、次のプログラムの検証が始まってから、「どうしても帰る」と言い出した。時間は十二時を過ぎ、終電にはギリギリの時間だった。引き留める声はもちろんあった。それでも、
「かげちよに、ご飯をあげないといけないですから」
といい残すと、会議室を去っていった。かげちよとは、彼の家で飼っていたペットだった。

哀しい……。

これは普通に、どこででも起こっている話ではある。(戦争と貧困が人類にとってありふれた話であるように? 大仰な言い様だけど)ソフトウェア開発を巡る問題。企業の情報システムしかり、ゲームしかり。企業の情報システムでそれが起こるとニュースになったり、人々の生活に影響がでたりするのはご存じのとおり。コンピューター・ゲームでそれが起こると端的に「クソゲー」と呼ばれる。

プログラマーのジレンマ 夢と現実の狭間

自分の方がうまくやれるという自信がある人は、過去のプロジェクトで何度次のように考えたか思い出してほしい。「たぶんこうするべきだということはわかっている」。「こう」というのは、ソフトウェア開発のベストプラクティスの聖典に載っているどんな方法でもよい。「でも、今回は特別だ。特殊なケースなんだ」。アンディ・ハーツフェルドが言ったように、「典型的なソフトウェアプロジェクトなどない。プロジェクトは一つひとつ違う」のだ。

スコット・ローゼンバーグ 「プログラマーのジレンマ」

この本が出た2002年読んでも時流に乗った読み物として面白く読みはしたんだろうが(ゲーム『侍』は絶対買ったと思う。やってないんだよな、たいへん残念なことに)それなりに経験を積んだしそこそこ勉強もしたぜ、と楽しい錯覚に陥ってる2010年現在に読んだからこそ胃の腑に落ちる理解ができたとは思う。面白かった。

闘うプログラマー[新装版] ビル・ゲイツの野望を担った男達

しかし、この『侍』ってゲーム。本当に面白そうだな。基本的にはシリアスやろうとしているのに、所々で完璧に狂ってる。全力でもってお茶らけている。全部真顔。アホかw だがこれは楽しそうだ。ディレクター中西氏が当初の理想として果たせなかった「自由」が不完全ながらも形を変えて生き残っているようにも見える。おかしい。

やっぱゲームって、プロダクツとしてカリカリに統制されてるよりかは、どっか歪で、人間どものコントロールを脱して暴走しているぐらいのほうが面白いのかもなぁ。どうだろう? う~ん、いささか日本的な感慨かなぁ……最近の海外ゲーは統制されつつも、かつ突き抜けてあるような手触りがあるものもあるしなぁ、トップレベルとはそういうものだってだけかも知れないけれど、まぁそれはそれだな。多様性は善だ。

侍~完全版~ PlayStation 2 the Best

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2 Responses to “新清士「ゲーム開発最前線『侍』はこうして作られた アクワイア制作2課の660日戦争」”

  1. [本][面白そう] 「ゲーム開発最前線『侍』はこうして作られた アクワイア制作2課の660日戦争」。"顕在する不幸、汝の名はデスマーチ。その具体が描かれる。" B! http://sto-2.que.jp/archives/868

  2. 新清士 より:

    新です(本人)。
    ご感想ありがとうございます。思わず、いただいた感想に刺激を受けて、引っ張り出してみて、読み返してみました。本当に、アクワイヤさんは当時、無茶な企画を引き受けてくださったなと思っています。
    その後、「侍」のディレクターの中西さんは、「勇者のくせになまいきだ。」を成功させるによって、そのゲームデザイナーとしての才能をさらに開花させ、アクワイア開発の中核ブランドの一つを作られるようになっています。
    機会があれば、増補して、その後のアクワイアを書いてみたいなと思っています。
    うめさんの「東京トイボックス」シリーズの資料の一つとして、利用していただいていることも、とても名誉に感じて、感謝しています。

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