濱野智史『アーキテクチャの生態系――情報環境はいかに設計されてきたか』
濱野智史『アーキテクチャの生態系――情報環境はいかに設計されてきたか』[Amazon]
2000年代に出現したWebコミュニティ、Webサービスを社会科学的な視点から分析してみようという本。ただし「2ちゃんねる」「mixi」「ニコニコ動画」「はてなダイアリー」「初音ミク」などの日本固有と目されるサービス群に主眼を置いているのが特徴。暗黙的に日本人論、日本社会論になってたのが面白かった。
読んでいて、以前から不思議に思っていたことに答えがでた気がする。ジャンル、カテゴライズの問題。匿名の誰かをお前は何者であるとカテゴライズする「名付けのゲーム」がなぜに起こるのか、という不思議。それはなぜに必要とされるのか。
最初にそれを意識したのは2007年も半ばのニコニコ動画のコメントの中。「ニコ厨」と「2ちゃんねら」が喧嘩してた。ニコニコも2ちゃんもひろゆきが絡んでいるんだからユーザーの母体なんて似たりよったりじゃろ? その連中がなぜに喧嘩する? というの当時の俺の認識。マーケティングのクラスター的には全然別物らしいんだけど、当時はそんなことは全然知らなくて、なんでこいつらはこういう争いの仕方をするんだろう? と不思議に思ってた(「こいつら」って言い方には「とりあえず他人事として見ることで、客体化してみた自分」も含む)
あとあれだ、ニコニコ動画の今は消されてしまった動画。歴代ガンダムの主題歌(OP・ED)を流しながら各シリーズの名場面をふりかえろうぜサンライズには内緒で、みたいな趣旨の。そこでも、世代間論争の様相を呈しながらも各シリーズのファンが各シリーズのファンを罵倒し合ってた。「とりあえずお前らがガンダム大好きなことと、アムロが人の心の光を見せた程度では争いは無くならないことはわかった。」
ほかにも同言異句多数。「東方」「ボカロ」「アイマス」「ネトウヨ/サヨ」「リア充」etc…etc…etc…。あちらこちらで繰り広げられる罵りあい。「厨」の一字をつける、というカテゴライズの作法もこれに拍車をかけたような気もするし、さらに細かく細かく実体としては特定できないものすら、名前がつけられ差異化され続けているように思える。そういや、つい最近、ニコニコ動画に「例のアレ」というアクロバティックなカテゴリが出現したことを思い出してもいいかも知れない。
なんでそういう細かい細かいカテゴライズが生じ、コンフリクトが起こるのか、必要とされるのか、いままで全然わからんで不思議に思ってたんだが、この本を読んでいくうちになんとなくわかった。たいしたことではぜんぜん無い、それが匿名間でのコミュニケーションだってことだ。匿名間でのコミュニケーションとはそのような形態をとるのだ。(ここで言う「匿名」とは社会的に特定不能ぐらいの意味。ハンドル名でも筆名でも、なにかしら、ある程度の期間をおいても個人を特定しうる「名」がないことを「匿名」と言いたい。)一言で言うと「名前が無い奴は呼べないので、仮の名を付けよう」。真暗闇の中、誰がどこにどれだけ居るのかわからないなかで、ハゲを見つける最良の方法はハゲを罵ることだ。反応した奴がハゲ。
匿名の中でのアイデンティファイ。そのためにカテゴライズは必要とされる。定義のメタゲームは必要とされる。暗闇の中で姿を見えない相手を思いっきりぶん殴るために。お前らはいったい何と戦ってるんだ?
どうも、この日本の社会で人が暮らし、言葉を発していく中で、もっとも形をとりやすい言論形態とは「匿名」である、というのが歴史的事実であるらしい。(そういや今も、利便性と信頼性と、それ以上の意義を巡って「実名 vs 匿名」の論争はあちこちでも起こってる。これからしばらく起こり続けるだろう。「ネット上は匿名? 実名? 勝間和代氏やひろゆき氏の“議論”より – ITmedia News」、ねとらぼ:2ちゃんねる創設者ひろゆき氏、「匿名の人たちが信用できない」 – ITmedia News)
ある仕組み・アーキテクチャが、社会の中で価値を認められ受け入れられるためには、その社会で流通する価値体系へのすり合わせ「翻訳」が必要である、とはいうが、日本ではその肝が「匿名性とコミュニティのコントロール」に集約されうるのが興味深いと思うし、半ばうんざりもした。主流的本場的開放的であるアメリカと、傍流的特異的閉鎖的である我々日本、という見立てにおいては内田樹『日本辺境論』[Amazon] をチラと思い起こしたりもしたが、金槌をもった奴にはすべてが釘に見えるってだけかもしらん。
この本ではもうひとつ「共時性とコミュニティのコントロール」も視野に入ってて、興味的にはそっちのが面白そうではある、でもそれはまた別のお話(あるいは次の岩に続く)。希少性こそが価値を生み出すのだとしたら、今日日もっとも希少であるのは人間が生きる時間であり、そのリソース配分のきっかけとなる「興味」であるという話だ。これはクリス・アンダーソン『フリー <無料>からお金を生みだす新戦略』[Amazon]にも通じるかしら。
2008年10月の刊なので、2009年末から2010年初頭にかけて読むにはすでに古びている(≒答えがでている)ところもあったが、面白かったとは思う。「あたしみんな知っていたな」だけど。
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[本][面白そう] 濱野智史『アーキテクチャの生態系――情報環境はいかに設計されてきたか』。日本のwebコミュニティを社会科学的な視点から分析。 B! http://sto-2.que.jp/archives/776
@san_sujimanism 「アーキテクテャの生態系」って本を書いた濱野さんって人が明日大学に来るよ。詳細は以下。暇ならおいで。 http://bit.ly/bgXJKh http://sto-2.que.jp/archives/776