第弐齋藤 本とマンガの感想日記。

古橋秀之『ソリッドファイター[完全版]』

01.14.2010 · Posted in , 本の感想 このエントリをはてなブックマークに追加このエントリをdel.icio.usに追加このエントリをLivedoor Clipに追加このエントリをYahoo!ブックマークに追加このエントリをFC2ブックマークに追加このエントリをNifty Clipに追加このエントリをPOOKMARK. Airlinesに追加このエントリをBuzzurl(バザール)に追加このエントリをChoixに追加このエントリをnewsingに追加

古橋秀之『ソリッドファイター[完全版]』[Amazon]

ソリッド・ファイター[完全版]

正月休みでグダグダしてるときにAmazonで売られているのを見つけて速攻ポチって正月あけてからマッハで一気読み。面白かった。

2008年の9月にイベント限定販売然る後に通販のみで販売となっていたものがようやく2009年11月にAmazonで取り扱われるようになった模様。イベントと通販を逃していいたのでもう二度と手には入らないものと思い込んでいたので読めて嬉しい。人生の負債である「出ない続刊」が減った。商品のリーチとしても自分あたりが最後尾だろうよ。熱心なファンならもうとっくに買って読んでいるだろうし。

刊行されたなかった2巻、3巻もあわせて700頁超の大ボリューム。傑作『龍盤七朝 ケルベロス』 [Amazon] を読了した直後ということもあって、たいへん満足した。俺、この人の文章読むの好きだわ、やっぱ。

刊行されたのは97年ですでに前世紀、当時と比べ「目配せ」をする相手がいないため、フィクションとしては純度を上げて立ち上がってきた印象を受ける。あるいは「そのようには選択されなかった未来/我々にとっての近過去」ということで架空戦記、歴史改変SF的な味わいも。

ボーイ・ミーツ・ゲームの主旋律とボーイ・ミーツ・ガールの裏旋律。かつてそのようなゲームがあり、彼らはそのようなゲームに出会い、熱中し、競い、そこそこ楽しむことの大事を知ったのでした、まる。

ゲーマー小説の難点(あるいは大トロ)として、社会的には無為な行為であるゲームに、なぜに自分は没入せねばならぬのか、これほど真摯に挑まねばならぬのか、という実存的な問いを抱え込まざるを得ず(面白いことに、これは今日日のオンライン・ゲームを背景としているゲーム的小説、例えば川原礫『アクセル・ワールド』『ソードアートオンライン』にでも痩犬のようについてまわっている。さらに「速度」とか言いだせば勃起もんですよあなた)この「実存的な問いを抱え込まざるを得ない」点において優れたビルドゥングスロマンたりえるのだが(文章長いね)『ソリッドファイター』においてはその野暮ったい「重さ」を小説内のインチキ臭いガジェットを用いて、うまい具合に中和して取り込んでいるなぁという印象を受けた。

ひとつは古橋作品に度々(必ず?)登場する「肉体派担当のデカ女」であるタケちゃんこと岳神隆子と彼女が操るインチキ古武術、岳神流。(「勁」を利用した「見えないパンチ」が撃てる程度にインチキ。『ノウェム』や『龍盤七朝 ケルベロス』でみられた勁の武功がここにも!)

もうひとつはゲーム『ソリッド・ファイター』の特徴であるキャラクターカスタマイズを使って主人公操るソリッド、RYU-COに組み込まれた煩悩。ヒント:ぶる~んぶるん。

あとは主人公スダケンの飄々としたキャラクター造形。

こいつらの組み合わせのおかげで、ゲーム/ゲーマー小説『ソリッドファイター[完全版]』は適度にインチキくさく、適度にアホらしく、適度にまっとうである。みたいな、そこそこのバランスを保っていられたんじゃねえかなぁと、21世紀も10年が経ってしまい、多層的に分断されたそれぞれの今ココから、なんとなく思ってみたりもする。ラストのタケちゃんに挑むスダケンとか大好きよ君、男の子。

亡うた子の歳を数えるようなもんだけど、前世紀末にこれがでてりゃあ、ごくごく一部だけど状況は変わっていたんだけどね。でも俺らはそれを選ばなかった。選ばなかったのよねぇ、あーあ、とか思いながら。

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