大島弓子『グーグーだって猫である』4巻
漫画家・大島弓子さんが猫と暮らす日々を描いた漫画。祈るようにして読んだ。(そういうものだ。)
このマンガの感想を書こうとすると、どうにも薄気味悪いものになりそうでちょっと嫌だった。「生きていてくれてありがとう」とか「感謝」とか「癒し」とかさ。普段からすると近寄りがたい言葉が並んでしまう。いや、違う。そうじゃない。そこまでシリアスでも崇高でもない。ここに描いてあるのはそういうものではない。ただ「そういうもの」だ。もっとなにげないものだ。「生きて在ることの素晴らしさ」を「生きて在ることは素晴らしいという事実、以上の素晴らしさ」でもって伝えることは難しいってことかもしらんけど。
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自分より小さなものと触れあうときに人間は試されているんだな、と読んでいて唐突に思い至った。猫とか犬とか赤ん坊とか子供とか、やつら小さい連中の頭をわしわしながら「お~良~し良し良し良し」って話かけているそのときに、そこに現れているのは何なんだろう? と、ふと思い至った。もしかすると、アレじゃねえか? あの瞬間、わしらは何か(何か?)に試されているんじゃないか? と、そんなことをふと思い至った。(試されている? ゆだねられている? なんだろう?)
自分より小さなものと触れあうときに、なんらかしらの「選択」が、そこで行われているような、そんな気がする。
すぼらも 捨てたもんじゃ ないぞ
戸を 開けないでよかった
我々は、我々の意思で、ひどいこともひどくないこともする。
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これまでの感想。
1巻(7年前!)の感想は斜に構えすぎ。2巻のころは大仰に過ぎるけど、2巻の内容のことを考えればいたしかたないか。「世界が順当に機能していることの証左。」ってのは我ながら良いこと言ってると思う。アホだこいつ(w
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