舞城王太郎『ディスコ探偵水曜日』を一気読みして徹夜する
至極複雑怪奇にして、なお痛快。一気呵成に読み切った。
今年の収穫のひとつだと思う。
上巻を200pぐらいまで読んでいい加減うんざりしながら22:00スタート。
その後、6:30まで下巻まで一気に読み通す。
もう三十路超えてそういうの止めたほうが良いよ? という理性さんのおっしゃることを鼻で笑いながら止まるかよバカの一声。一気呵成。ああもう本読むのって面白いねホント、と思うのはこういう瞬間で、あとはもうどうでもいいしどうとでもなれだしどうとでもなる。それで何だっけ? ああ舞城王太郎『ディスコ探偵水曜日』。面白かった。
ミステリ? 文学? なんでもいいんだけど。
言葉を使って、これくらいのことが今この国ではできるんだよ? だって俺やったもんほら。
みたいな。素敵な挑戦状だと思う。挑戦状っつうか小型の爆弾だけど。ドカン。
同世代の作家さんは大変だろうなあ、こんな水準の仕事するヤツが隣に座ってたら俺やだね。ケツまくって逃げる。穴掘って逃げる。
水準? これはひとつの水準だと思う。
というのも。この作品でやっていることやられていることは、つまるところ「そういうこと」だから。
みながルールとして作ったルールに従い、徹底的に使いこなし、ほとんどその限界、臨界まで振り回した結果が、これ。というふうに読めるんだよね。今ある道具でいけるところまでいくとここらだろう、というそういう作品に読める。よくしらんけど。
だから、これから先はもう超えるか超えられないかだ。
これを(この程度を)超えるか超えられないか、という
簡単な基準になると思う。これはひとつの水準だと思う。
しっかし、こんなものがたった数千円で手に入るってこの国どうなってんの? どんだけ爛熟してるの? ばかなの? 死ぬの? (女の子が小さな声でつぶやく「死ねばいいのに」)
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うーん
読むたびに思うけど
やっぱ舞城王太郎ってモラリストだと思うわ。
「どう」の部分には、これでもかッ! ってぐらいの超絶技巧こらすけど。「なにを」のところ。
小説の登場人物たちが、特に主人公たちが、
愚劣なぐらいによって立つのはつまるところ「正義」なんだよな。
(だから、舞城王太郎の小説を読むとほんのちょっとだけ背筋が伸びる。
俺はそれが好きで彼の小説を読んでいるフシもある。阿呆な読み方だけど。)
で、この正義と言うヤツは、恐ろしく説明が難しい。(「倫理」ってもいいけど。)
「ほらこれ」と無造作につかみ出そうとすると腐って死ぬようなものだ。
ただの言葉にしてしまうと、ひどく陳腐で腐臭を放ち、有害ですらあるものだ。
でも、それは誰の日常にもあるようなものだ。
泣いてる子供を泣き止ませるみたいに。
たぶん、そんな感じで。
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こんばんは。
これわ必読っぽいですね。