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オンライン書店「bk1」のリニューアルに伴い、このサイトのbk1へのリンクが軒並み死んでます。
[bk1]のリンクはあらかたダメ、書影もかなり消失している模様。
各ページへのブリーダーリンク方法は判明した為、どーれ直そうかと思ってた矢先にnDiary作者notさんが半年以上の沈黙を破って復活。 早速暫定修正版フィルターを公開されています。
先走らずに良かった! そして待ってました! お帰りなさい!
リプレイヤーになって 20周位してたからという理由はどうだろう。
リプレイヤー? ああ、これか。 一瞬わからなかった。
オンライン書店「bk1」の利点は『人間以上』の書影が怖いままであることです。
参考:「SF文庫データベース」より「人間以上」 新装版のカバーイラストは緒方剛志。

こちらはコメント欄を使ったミニRPGゲームです。
シナリオを読んで、コメント欄にあなたが主人公インテグラにさせたい行動を書いてください。それに合わせてdartsが次のシナリオを書いていきます。
「COMMENT AREA MINI RPG」だそうです。 以前、掲示板(BBS)を使ってテーブルトークRPGっぽい遊びをしようという動きがあったと思うけど、その流れかな? PBeM(Play By e-Mail)ならぬPBB(Play By Blog)とか言ってみると面白いかも。
(via 今頃ソーサリー:ブログの新しい使い方)
ところで、
PBeMでググってたらこんなの見つけた。
行殺【PBM】
PBMの行動結果文章においてPCの出番が一行しかなく、しかも死亡シーンであること。
ネットゲーム93「夜桜忍法帖」のグランドマスターであった甲斐甲賀の得意技で、
ゆえに行殺マスターとして恐れられていた。
(夜桜では各マスターに毎月のPC死亡ノルマが与えられていたほど)
最近ではPCの位置付けがゲームとしての駒というよりもキャラロールに比重が移ってきたこと、
事務処理の負担増を避けることも含めておいそれとPC死亡を出せなくなったことからか、
単にリアクション上でPCの出番が一行だけで処理されることも行殺というようになった。
たいてい行殺されるのは、行殺されるPCの行動があまりに自己中心的であったり、
他のPCの行動と絡めにくい行動だったりと、PCの行動がへっぽこである場合が多い。
遊演体がネットゲーム98「星空までは何マイル?」を最期にネットゲーム事業から撤退し、
路頭に迷った星空めてお、高尾登山、睦月たたらなどのスタッフ・マスター陣は
エロゲ業界に活路を求め、ライアーソフトを設立する。
その第二作である「行殺☆新選組」のヒットによって、
主に遊演体のネットゲームで使われていた「行殺」という言葉が、
一般ヲタク層にまで浸透することになる。
「行殺☆新選組」の「行殺」ってその「行殺」なのか! 遊演体!
む、既見感。 この話題は呼んだ記憶がある。
ああ、ここですれ違ってる。
きらたかし『赤灯えれじい』3巻 (講談社,¥540) [bk1][amazon]
大阪を舞台に、へたれ青年サトシと金髪ヤンキーねえちゃんチーコの二人を描く恋愛マンガ、3巻目。
「見守る」ってほど立派でも大げさでもないけれども、なんとなく気にして、心の片隅でその幸せを願ったり祈ったりする。
自然体で、ゆるやかな共感を感じられる良いマンガ。
サトシとチーコの仲に大きな進展がある巻。
でも、だからって何も変わらない。 何も起こらない。 それがいい。
サトシとチーコのヒビは、だらだらと、ぼちぼちと流れていく。
俺らのヒビがそうであるように。
マンガという大げさな嘘っぱちの中で、俺らが過ごすようなぼちぼちと流れていくヒビを描くのは、なかなかできることじゃないだろう。
「まぁ、ぼちぼち」という言葉が指し示すとおり、時折の、それなりの落としどころがある日々ではある。
もしかすると、幸せ、っつう言葉の内実は、そういうものなのかもしれない。
そういうことをぼんやりと思うことができる。
ゆるやかな共感。
「見守る」ってほど立派でも大げさでもないけれども、なんとなく気にして、心の片隅でその幸せを願ったり祈ったりしたい。
俺らが、誰かに対してそうであるように。
エロ本編集者の憂鬱と希望(2005/04/13)の「今最も美しい生活」という言葉に同意する。
現在の労働の意味と価値を描く文学と漫画、という切り口も鋭い。
FireFoxをカスタマイズするのがタルすぎる。
クリック一発でSleipnirと同機能にできるプラグインパッケージみたいなのは無いのか。
無いとしたらその理由はなんだ。
グレイルクエストTシャツの受付が始まったみたいだ。
今年はマーリンの隠れ家Tシャツ(!)
着れば貴方の腹にマーリンが棲みつきます。悪夢のようなうれしさです。よーく見ればマーリンの背後にP・Jのおまけ付き。
去年は惜しくも見逃してしまったので、今年は逃さない。
酔狂極まりないアイテムだけど、モノは良いんだよね。(→おととし入手したブツ)
色は白壁風のホワイトとクレージーなイエローの2色。ほかの色が欲しいぞというご要望にも、できるだけお応えいたします。お祭りだから。
「お祭りだから」ってのが粋だ。 かっちょいいぜ。
(via 実物日記)
今週読んだ本。
Amazonレビューの
佐藤大輔の小説などを読んでいると出てくるような人物が実在するとしたらこんな感じでは無いだろうか。
という一文にキックされて買って読んでいる。
まさしくその通り! すげえ面白い。
佐藤大輔節で言うなら「血塗れの平和主義者」とでも評されそうな、シビアな活躍をしている日本人がいることに驚いている。
フィクションそこのけ。
すげえ面白い。
クリックひとつで感情や気持ちを相手に伝えるweb拍手はまったくもって素晴らしいアイディアだと思う。
(ドーパミン、ノルアドレナリン、セロトニンなんかの、神経伝達物質に近しい情報の在り方だよな。)
でも、感謝や応援といった正の感情だけじゃない、ちょっとした負の感情もwebサイト管理人に伝えたい時はないだろうか? 例えば読んでちょっとした不快感や苛立ちを感じて、それがまだ明確な言葉にはならないときとか。
そういう読み手の感情をちょっとだけ引きうけてくれる「web舌打」みたいなものはないんだろうか。
Nucleusの投票プラグインが近しいか?
( 「無名の善意」はいくら受け取っても気持ちがいいだけだけど「無名の悪意」はひとつでも気味が悪いか。
モチベーション下がりそう。 )
伊勢崎賢治『武装解除 紛争屋が見た世界』がやたら面白かったんで、それを受けてP.W.シンガー『戦争請負会社』を読み出してる。
直接戦闘から後方支援は勿論のこと、戦略指導や教育やコンサルタントまで、これまで国家の専売特許であった戦争行為一般を請け負う「民営軍事請負企業」の実態に迫ろうという本。 ここ10年くらいで(そして「9・11」以降で決定的に)戦争って言葉の意味が変わっちゃったんだ、みたいな話はよく聞くけど、では具体的に何がどうかわったのか、その歴史的背景と現時点での展望が描かれてある。 戦争に対する、ひどくユニークな視点だ。
あー、なるほど。 戦争ってもう国家の専売特許じゃないんだ。
国民皆兵の体制作って、国家が国家に対して戦争仕掛けるってぇ構図って、これから先にはもう有効じゃないかもしれないんだな。 歴史的に見ても、それは稀な事態だった、と。 例えば18世紀の東インド会社などの勅許会社を見よ、か。 なるほど、納得したわ。 オサマ・ビンラディンを「ベンチャー投資家」なんて評するあたり、なかなか洒落も利いている。(洒落じゃないのかもしれなけど。)
この島国の外で何が行われていたのか、今になって初めて、ようやく知り始めた感じだ。
物語、登場人物、この新しい産業が生み出す可能性は、まことに面白い。 政治と戦争は本来興奮する代物である。 いわゆる専門家だけに任せておくにはあまりにも重要すぎる事柄でもある。
21頁「はじめに」より引用
是也。
訳者の山崎淳ってE・R・エディスン『ウロボロス』の訳者だよ。 へぇ〜。
( 主語と述部と装飾文がごたごたになってる「いかにも翻訳調」の、読みにくい文章。
あまり好い訳だとは、思えず……。 )
よしながふみ 『愛がなくても喰ってゆけます』 (太田出版,¥880) [bk1][amazon]
漫画家YながFみと、彼女と共に巡りうまいものを喰う人々。
誰かと一緒においしいものを食べることを巡っての、微細だけれどもシビアな事柄を感じさせるマンガ。
我が身を省みて、いろいろなことを決意させてくれた。
己にとって大変有り難いかたちの、大変良いマンガでありました。
(うわなに? この業の深い表紙!? 「いっただきま〜す」?)
シビアだよなぁ。 ぶっちゃけた話。
自分にとって大事な人間と、
どれだけおいしいものを食べることができるか、
どれだけおいしいものを食べさせてあげることができるか、で
その人の、人間関係における豊かさというものは、
それで測れてしまう(ところがある)。
そういう
人間関係における、微細だけれどもシビアな事柄を、
そこはかとなく、あるいはひしひしと、感じさせてくれる良いマンガでありました。
まとめて読み返して思ったことです。
( Yながと、彼女と共に巡りうまいものを喰う人々の、
ベタベタと互いに依らぬ関係の在り方こそが、
興味深くあり、スリリングであったと、そのように思います。 )
人が感じるうまいまずいには、半端なごまかしは効かないでしょう。
「愛がなくても喰ってゆけます。」とは言うものの、
そこでまず問題にされているのは
自分にとって大事な人間と、どれだけおいしいものを食べることができるか、
自分にとって大事な人間に、どれだけおいしいものを食べさせてあげることができるか、
という究極的で、かつ具体的な
「愛のスキル」
なのではないか、とそのように、思いました。
省みて わたくしは
どれだけ、
自分にとって大事な人間と、おいしいものを食べることが/、
自分にとって大事な人間に、おいしいものを食べさせてあげることが/
できるものでしょうか。
ええ、たしかに「愛がなくても喰ってゆけます。」
喰ってはゆけるのですが。
愛がない、というそれは、
ともすると貧しいものではないのか?
わたくしは、そう思うようになったのです。
( 以上、羊羹をまるまる1本、ひとりでもちょもちょ喰いながら。
耳障りな鳴き声を上げつつ 「マイウ〜! マイウ〜!」 )
マンガ・エロティクス・エフ連載が単行本化。
単行本化にあたり、描き下ろしが2本追加された。
各回の舞台になるお店についても、地図と詳細情報、それとよしながふみのコメントがついている。
うむ、行きてー。
上遠野浩平『ロスト・メビウス―ブギーポップ・バウンディング』 (電撃文庫,¥599)[bk1][amazon]
さて、今巻も「……こいつ誰だっけ?」の迷宮に迷い込もう。 ああ、この子は知ってる。 シリーズ中のマイベスト「VSイマジネーター」→[bk1][amazon][bk1][amazon] に登場した織機綺(<エロい)に焦点があたります。(この子、何年ぶり!?)
一切の中間層なく、ダイレクトに「世界」VS「自分」と敵対してみせる連中に会うのも久方ぶりのこと。
何度でも言うが、このような認識/論理の組み立て方は橋本治に通じるところがある。
ここで描かれているのはある種の「思考実験」なんだろう。 こうこうこのような認識をもつに至った人間は、なるほど、世界に対して敵対するしかない、と。 そのプロセスと生存を、上遠野浩平は描く。
で、そのような認識、論理をもってしまった人間は、やはり特殊であるので、その特殊性を照らし出すために、作中に「普通」あるいは「日常」を定点としてもたなくてはならない。 初期では、末真和子さんがそうだった。 笑うのは、僕らの仕事なのだ。 だから「ブギーポップは笑わない」。
後期ブギーポップの超能力戦の不幸は、人造人間・超能力者の抱えた特殊能力・超能力=彼らの抱えた論理、が読者の(いや、俺の、かな)共感・反感から、遠く遠く離れてしまったことだと思う。 お前らお前らで、勝手にやってりゃいいじゃねえか、そんなの、今の俺にはまったくもってどうでもいい。 とかフツーに思ってた。
そして、それは、たぶん寂しいことだ。 なぜなら、人造人間・超能力者の抱えた特殊能力・超能力というのは、つまるところ「若造の理屈」に等しいのだから。
( そういうかわいらしいものが「どうでもいい」だなんて、ちょっと寂しすぎるぜ、とか思うですよ。
まぁ事実どうでもいいんだけどさ。 )
さて、ようやくシリーズの終わりが見え始めた。
「自動的」の一言で回避されれていた「道化」ブギーポップの「理由」が、世界の敵の敵であることの理由や原因や根拠が問われ始めた。
(よし! いいぞ! ここからだ!)
いざや、終わりの始まりを寿がん。
おそらく「彼女」が帰還するのだろう。
永遠に落ち続け、自らの死を死に続けている、あの彼女が。
この巻を読んでいて、唐突に直感したのだけれど、
ブギーポップにおけるエコーズのモデルは、カート・ヴォネガット・ジュニア『タイタンの妖女』に登場するロボット「サロ」じゃあるまいか?
エコーズが誰かに送信したメッセージは『タイタンの妖女』において送られたメッセージと同じものじゃなかろうか?
根拠は薄いのだけれども、そのように直感した。
スキップ! メッセージだよ! メッセージの内容を知らせにきたんだ! メッセージだよ!
スキィィィィィィィィィィップ!
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