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まったくの男子高ノリである「ニニンがシノブ伝」のニンジャどもを観て「い〜な〜ぁ〜」と云っちまうのはたぶん夏バテのうちに入ると思う。 なにかが足りてないですよ。 いや、でもい〜よな〜ぁ〜あいつら、間違いなく幸せ(の一種)だよな〜。 足りてないけど〜。
なんか小忙しくて、いろいろ買ったけど読めてない。
今日夜の感想はむらかわみちお『虚数霊』の予定。
そういえば、人からながく大事にされた人形には「
そういうのを処分するときは、ただ棄てるのではなくて、まずお寺とかで供養するのな。 そういう風習は、まだ普通にあるか。
むらかわみちお 『虚数霊』 (幻冬舎,¥590) [bk1][amazon]
今から続く未来。 繋がっている/繋がっていく 人とモノとこころ。
人の精神活動が「虚数」として感知・計測可能になった未来。 富士山の噴火と衰えを見せない火山活動で東京近辺は廃墟と化している。 そんな中、旧・東京、北千住で骨董屋を営む女性、佐藤レナを主人公に、人とモノとこころの繋がりを描く。
人の心が計測可能になった、っても見た目はたいしたことなくて、デジカメみたいな機械でピッとやると、その品物が愛されてきたのか、それとも憎まれてきたのかが点数でわかるってだけです。 プラス評価の心を浴びたモノは持ち主をも愛し祝し守り。 マイナス評価の心を帯びたモノは「悪霊憑き」として人に仇を為すようになる。 そういうルールがまず提示されます。
面白いのはこの心の定数可、それをまず第一に提示したのが作家・皆川ゆかだってこと(→皆川ゆか資料刊行会電子広報室)マンガにはちゃんと皆川ゆかの著作(タロット・シリーズ? ですか?)が描かれてます。 皆川ゆかの著作に「虚数」という設定があるんでしょうか?(読んだこと無いからわかない)あったとしても、なんでこの『虚数霊』で使われているのかがわからんのですが、とにかく世界を変えたテクノロジーの発端が、いま実在する絵付き小説である、という点に面白みを感じました。
この虚数理論というホラもそうなのですが、いま実在するなにごとかを足がかりとして、変化後の虚構を描いていく。 というのがこのマンガの基本姿勢。 富士山の噴火とテクノロジーの進歩により変わるべくして変わった未来の日本/関東近辺の情景を、骨董屋のねーちゃんの日常っつー狭いレンジながらも描きだそうとしてる。 SFです。 それは好ましかった。
特に書き下ろしの第6話「影を慕いて」が良いかも。
くまのぬいぐるみを模した人工知能が主人の老婆が亡くなったとき、それに殉じようとする。
おばあちゃんとの記憶をもって一人生きるのは悲しいよ
ここまで来ると、もうそいつには魂があるとってもいいようなものだなと思った。
それがそいつの機能のひとつであるとしても、だ。
水木しげる 『神秘家列伝 其ノ壱』 (角川文庫,¥629) [bk1][amazon]

しかし水木大先生のすごいところは、妖怪を描いているうちに、人格・人徳・品格がともにアップし、霊的なステージが天井知らずに上がっていった事実にある。かくいうわたしも、「超」の字がつくほどの妖怪好きや妖怪コレクターを何人も知っているが、妖怪に淫しながらも人間のステージを上げた、という例を他に知らない。
解説「水木しげる神秘家列伝余滴」 荒俣宏
妖怪雑誌『怪』に掲載された神秘家列伝、文庫化されて再登場。
ああ、おもしろかった。
この巻で描かれるのは、スウェーデンボルグ、ミラレパ、マカンダル、明恵の4名。
人の身でありながら、人ならぬ世を垣間見た偉人たちの半生が描かれる。
びっくりしたのは神秘家の半生を描く水木先生の筆の軽やかさ。
軽やか、というか、ぜんぜんしゃちほこばってない。 リラックスしている。
冷たく突き放すでなく、べたべたに近づくでもなく、絶妙な立ち位置から、やさしく、ユーモラスに、神秘家たちの半生が描き出されていく。
これは、水木しげるという人がだした結論にちかいものなんではなかろうかと思った。
目には見えないけれども、あるかもしれない世界。 神秘。 人がけして識らぬ世界。
そういうものにたいして「いろいろ見聞きして、自分なりに考えた結果の、現時点での俺の考えと感じ方はこういうものです」と説明するように、神秘家たちの半生が、人と神秘の係わり合いにはこのような形があることが、紡ぎだされていく。
気楽で、こっけいで、可笑しくて、優しい。 そういう視点。 なべて、世のもの、あるようにあれ。
そういう視点。
ありがたい、と思った。
レア、という意味でも、ユニークである、という意味でも、感謝したい、という意味でも。
お陰で俺は(俺らは)かたくなにならずに、神妙にもならずに、「そういうのはあるかもしれないし、あってもいいし、あったほうが面白いよな」とか平気で言える。
それは「豊か」ということに等しい。
こういう心持であれるのは、ありがたいと思う。
いや、ほんとに。
この巻のエピソードでは明恵のが良かった。
坊様だから、ちんこが勃っちゃうことに悩む! ひたすら悩む!
けど、亀が交合する形の香炉を見て、その夜に淫夢をみる「うほっ!? こりゃええ!!」とか云っちゃうのね。
あんた大槻ケンジの青春小説か!? 笑った。
あと、めちゃフレンドリーな春日大明神サマ(象な、ビジュアル的には)との会話とかね。
ああっ 踊りですか 恐れ入ります!
友達みたいにずかずか上がりこんできて、床の上で踊るんだよ神様。
そりゃ恐れ入るよなぁ……。
羊崎文移 『王都物語』 (今日の話題社,¥1000) [bk1][amazon]

ああ、ヘンなもの読んだ。 云い方としてひどく失礼かもしれないけど、アウトサイダー・アートみたいだ。


びっくりした。 何にびっくりしたかというとそのヘタさに。 もう徹底してヘタ。
小学生のころ、よくこういうマンガをノートに描いてた奴がクラスに一人ぐらいいたと思う。
いまやってるRPGを、そのままマンガにしてみました、みたいなへなちょこファンタジー風マンガ。
絵ヅラだけ眺めると、まんまそんなかんじ。
いや、眺めるだけじゃなくて(苦労しながら)読んでみた結果も、まあそんな感じ。
で、エラいのは、これ描いたのが三十路のおっさん、っつうこと。
これはエラいぞ? いろんな意味で。
この単行本、250ページある。
ずっーっと、へなちょこ〜のへぼへぼ〜の、自分は絵が上手いと思ってる小学生の描いた絵のまま、250ページ続く。 これはエラい。
ふつう250ページもマンガ描いたら絵は上手くなるはずだもの、どうしたって。
でも、ならない。
この絵はこのマンガを描く手段として既に完成してんだわ。 たぶん。
完成うんぬんよりも、絵的な変化、上昇はまったく必要とされてない。
そもそもこれ以外の手段というものが検討されていないのかもしれない。
ふつうこの絵でマンガ描こうとは思わない。
描く前に、分を知る、というか、描いてて自分のヘタさに凹んで続かないと俺は思う。
絵の、マンガとしての巧拙とはぜんぜん別の、おそらく一人の人間の情動のみでもってこのマンガは成立してる。
「アウトサイダー・アート」といってみたのはそういうところにある。 このマンガはこの絵で、コマ割で、リズムで、あるべくしてあるのだ。
で、これはほんとは恐ろしくもあるんだけど、こんなへなちょこしょぼマンガに、なにか伝わるものがあるってことだ。 あやうく感動する、というか、心寄せられ動かされる自分がいる。 これに!? というか、これですら!? というか。
自分の、感動という情動を司る部位は、自分が思う何倍も愚鈍で愚直なのではないか、自分は、実はとんでもない弱点を晒しながら生きているのではないのか? そういう不安にも駆られた。 少しね。
でも、なぁ。
灯台の地下に世界をハメツさせる鉄巨人(でけえぜんまい回しが背中についてる)がいて、理に奔った若造がそいつを使ってくだらない世界を終わらせようとする「さらば愛しの鉄巨人」とか。
う〜ん、心動かされるんだよな〜、読むと。
こういうのが許容されること自体に嫌悪を覚える人はいくらでもいるとは思うけど。
在り方としてたいへんユニークだと感じた。
なんでこれが単行本になったのか、その経緯が全然わかりませんが。 つうか「今日の話題社」ってきいたこともねえよ。 最初、自費出版、もしくは同人誌をそのまま売ってるのかと思いました。
メディアファクトリーのサイトがエラい(ちゃんとしている)ことにいま気づいた。
ここでは
http://www.mediafactory.co.jp/photo_img/
もしくは
http://www.mediafactory.co.jp/img/
ディレクトリ下に
「yyyy/mm/ISBNdddddddddd_d.jpg」
という形式で商品画像が保存されている。
出版年、出版月、ISBN、画像種別という区分けだろう。
最後の画像種別(画像サイズ?)が具体的に何を示しているかは商品によって違うようだけど、かなり大きなサイズの書影も用意されている。
さて、ここで
MF文庫Jだ。
商品の詳細を見てみよう。『ゼロヨンイチロク』のを見てみる。
http://www.mediafactory.co.jp/cgi-bin/bunkoj_detail.cgi?id=1662
そこに表示されている画像のプロパティをみる。(WindowsのIEなら右クリックして「プロパティ」)
http://www.mediafactory.co.jp/photo_img/2004/07/ISBN4840111073_6.jpg
じゃあ、最後の「_6」ってのを「_8」に変えてみそ?
http://www.mediafactory.co.jp/photo_img/2004/07/ISBN4840111073_8.jpg
口絵が見られる!
つまりMF文庫に限って云えば
http://www.mediafactory.co.jp/photo_img/yyyy/mm/ISBNdddddddddd_8.jpg
にアクセスすれば、その口絵が見られる! ってことです。 出版年月と、ISBNさえわかれば口絵が見られる!
表紙はどこでだって見つけられますけど、口絵までとなるとなかなか無い。 他にないサービスをきちんと、しかも無料で提供してるメディアファクトリーえらいぞ。 と思いました。
他の絵付き小説文庫レーベルでも、ここまで見られるところってあるのかしら?
恩田陸 『夜のピクニック』 (新潮社,\1680) [bk1][amazon]
久しぶりに読んだ恩田陸。
「読んでいる最中だけが本当だ」という作家だという印象は変わらず。
幸福な時間だったと思う。
80kmの道程をただ延々と(深夜にかけてまで!)歩くだけという北高歩行祭という学校行事を舞台に、高校生達のドラマが描かれる。
歩行祭ってイベントがいい。
80kmの道程を、1時間ごとの小休止と、途中何回かの休憩と、2時間程度の仮眠だけで、あとはず〜っと歩く歩く歩く歩くだけ。 っつー奇妙で、苛酷なイベント。
これ、恩田陸の母校で実際に行われた行事らしい。
たしか恩田陸は宮城県出身だったはずだから、本当にそういうイベントが本当にあったのか、調べようと思えば調べられる(かもしれない)。 ただ憶測だけで言うのなら、田舎の進学校で旧制高校からの伝統を引きずってるようなところは、ありとあらゆるヘンな伝統が生き残ってるから、まぁそういうイベントもあるかもしれない、とは思う。 (そういうえば俺の高校のときのマラソン大会は、10kmだか20kmだか離れた山の頂上に登って帰ってくるっつーものだったっけ。)
歩き、疲れながら友人たちとそして自身とコミュニケイトしていくなかで、ゆっくりと練りこまれ、織り込まれていく感情と思考。 その描き方がいい。 恩田陸描く高校生達は、たいへん賢く、しなやかな奴らばかりで、そいつらの会話劇は聞いていて、気持ちが良いことはたしかだ。
だけど、少しだけチリリと嫉妬もする。 (おそらくは、無為に) 俺らは、こんなに賢くなかったし、愚かで、もっとみすぼらしかった。 や、云ってもしょうがねえんだけど。 つまり、「そういうこと」を刺激される。 チリリ、とする。 くそー、まっとうに青春しやがってw
『六番目の小夜子』『球形の季節』に続く、学校三部作の三作目ということで、恩田陸、っちゅう作家さんの、フラットな魅力を再確認できた一冊だったと思う。 「帰ってきた」という感じ。
真暗になっても歩きつづけなきゃならない歩行祭で、去年、どこのだれともわからない少年が一人混じっていた。
っつう怪談話がちょっとだけ挿入されるのだけど、想像するだにすげえ怖いよ!
とみなが貴和『Edge』の新刊が! すごく嬉しい。 これから読む。
『おとぎのまちのれな』健全なやらしさがいい。 6巻まできてやっと話が動き始めたよ。
きらたかし『赤灯えれじい』。 へたれな若い男と、粗雑な金髪姉ちゃんの、不器用で純なふれあい。 読んでてすげえ微笑ましい。 ふたりの真っ直ぐっぷりに心打たれる。 買い!
小川一水『復活の地』2巻。 未曾有の大災害に襲われた国家の再建を描こうというSF。 面白いなぁ。 手に汗にぎる! カツモクして観よ!
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彼女高校時代は茨城にいたんですよ。
それで水戸のある県立高校に通っていたんです。
これ実際には「歩く会」っていう行事なんですが、内容は全く同じです。
我々が読むと「ああ、これはあそこの風景か」とか自分の記憶の中の景色とかぶるので妙な気分です(笑)
まあ参考にしてください。
情報ありがとうございます。
じゃあ参考返しに
恩田陸さんの『象と耳鳴り』に収録されている短編「魔術師」の舞台「S市」とはまんま仙台市ですね。泉市との合併とか正月の初売りとか光のページェントとか。同じく「ああ、これはあそこの風景か」と自分の記憶の中の景色とかぶります。これまた妙な気分です。